福井山と号し、真宗大谷派の寺院で昔は久宝寺に建立されたが、東西両本願寺分派の際に東本願寺に属し、そのために八尾に移ったといわれている。
慈願寺の境内は放課後の悪童達の最もよい遊び場であった。本堂をバックに三角べースの野球場になり、打ったボールが山門を通り抜けて沢の川に飛び込み、ゆっくり流れるボールを取り上げるのが一苦労であった。
鬼ごっこの遊びには釣鐘堂の周囲が変化が多く最適の場所であった。
裏門から通用門までは周囲の人々の通路にもなっていて、買い物、通学等に利用しているようであった。真夏の木陰で蝉時雨を浴びて子供達が、釣竿にトリモチを塗ってアブラゼミを捕獲して竹籠に入れている。
本堂北側の涼しい廊下では、ベッタン遊ぴで日の暮れる頃まで遊んでいる連中が、寺男に閉門の時間を知らされて追い出されることが屡々である。 |
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