朝日湯(風呂屋)

仲之町と沢の川とが交叉している東南の角に明治末期に建造された、朝日湯があった。
石炭で沸していたので煙突からもうもうとして黒煙が立ち込めている。
初風呂は毎年一月二日午前0時から開湯するので夜中にねむいのに眠をこすりながら行っ
たものである。餅花で飾った番台の主人に恒例になっている、祝儀をわたしして、初風呂
を楽しんだ。
風呂の中では裸で年頭の挨拶をしている人も散見される。
大正時代の八尾では裕福な家でも浴室をもっていなかったので午後七時頃が最も混雑した
から入浴後、帰る人が、路上でこれから入湯する人には「今、すいてます」と知らすこと
が挨拶となっていた。
午後四時に開業するのであるが、直後は入浴客がいないので風呂桶を二個でタオルを間に、
ほさんでウキ代りにして渇槽の中で泳いだものである。身体を拭いて硝子戸を開けた途端、
友達が来たので「もう一度はいろう」と親友との対話を風呂の中で楽しむ連中が多かった。
長時間子供達が風呂場で雑談していると大人が「もういい加減に、あがらんか、ふやける
ぞ」と注意される連中もいた。
五月の菖蒲湯は浴槽に菖蒲を束に括って丸太のようにして投げ入れられ、浮かんでいて初
夏の季節の到来を思わせる、よい匂がする。
夏には扇風機のない時代の脱衣場では大きな扇形の団扇を取り付けて、上下に引張って風
を起こすことによって涼を取っていた。
酷暑の夏には入浴した人の中には着ていた浴衣を持って「フンドシ」一つになつて風呂屋
から出てくる人も見受けられる。
熱い湯の好きな老人がちゃびん頭から湯気をたてて、入っている湯槽にぬるめるために冷
水を入れて子供がしかられている。
多勢が入浴している時に「ウンコ」が浴槽に浮いていることがある。早速、番台の主人に
注進すると、バケツで「ウンコ」を除去するだけで残余の浴槽の湯が不潔であると苦情を
申し入れる者もなく入浴をすまして帰る。
今から思えば案外不衛生でも病気の発生がなかったようである。
男湯と女湯の区切り塀はしてあるが、共用の「アガリ湯」と「冷水」を、たたえた水槽が
あって浴槽で入浴したまま着衣することが不潔と考える人はこれ等を利用していた。
中には寒中でも頭から冷水をかぶっている人もいた。
入浴料金は大人四銭、小人二銭であるが、一ケ月分の料金を前納することによって一日に
何回も入浴することが出来る「フセ」の制度もあった。
盛夏にはこの制度を利用する人が多かってたようである。
当時は相互に面談する機会がなかったので入浴の場所が人々の社交場でもあった。