馬 車

大正末期まで八尾町大字西郷から若江村まで馬車が走っていた。進行方向の背後に観音開
きの扉があって、これが乗客の昇降ロである。
収容人員は十名であって、差し向かいに五名づつ座れるようになっている、発車の際に駅
者がラッバを吹いて出発の合図をするのであるが、途中通行人がおれぼ馬車の接近を知ら
せるためにラッバを吹いて安全走行を心掛けていた。
萱振の恵光寺の門前が停留所で、他にも終点の若江村までに数カ所の停留所があった。
馬車の所有者は通称『馬車亀』といって若江村の人である、河内街道を走る馬車の他に東
高野街道にも高安村から瓢箪山まで運行する馬車があった。昔から南北に通じる河内街道
と東高野街道をラッバを吹き鳴らしながら河内野を走る馬車の轍のおとが、のどかな田園
風景を描いているようであって現在では考えられない思い出である。